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金沢地方裁判所 昭和62年(ヨ)98号 決定

債権者

宮下明

宮下欣範

債権者ら代理人弁護士

竹田穰

中村吉輝

金子喜久男

樋口一夫

債務者

株式会社北国新聞社

右代表者代表取締役

岡田尚壮

松村長

北実

債務者ら代理人弁護士

越島久弥

篠原由宏

中山博之

細田良一

主文

一  本件申請をいずれも却下する。

二  申請費用は債権者らの負担とする。

事実

一  債権者らは、「債務者松村長、同北実は、本案判決確定に至るまで、同株式会社北国新聞社の取締役の職務をそれぞれ執行してはならない。債務者株式会社北国新聞社は、同松村長、同北実に取締役の職務を執行させてはならない。」との裁判を求めた。

二  債権者らの本件申請は、その理由として、債務者松村長(以下「債務者松村」という。)及び同北実(以下「債務者北」という。)が選任された債務者株式会社北国新聞社(以下「債務者会社」という。)の昭和六二年三月一七日開催の第八二期定時株主総会(以下「本件総会」という。)について、(一)本件総会についての株主名簿閉鎖時における株主中五名の者に対し招集通知が発せられず、他の者にその議決権が認められたこと、(二)議長が債権者らの質問権を無視して横暴な議事進行を行なつて決議をしたこと、(三)債務者会社の株主一五名について、これらの者が日刊新聞紙の発行を目的とする株式会社及び有限会社の株式及び持分の譲渡の制限等に関する法律(昭和二六年法律第二一二号。以下「日刊新聞法」という。)一条二文にいう「株式会社の事業に関係のない者」(以下このような株主を「無関係株主」という。)となつたとして議決権を認めなかつたことを、本件総会の決議の瑕疵と主張するものであり、その主張の詳細は、債権者らの取締役職務執行停止仮処分申請書、昭和六二年五月一二日付及び同年六月四日付各準備書面、同年五月一二日及び六月四日各審尋期日調書記載のとおりである。

債務者らの主張は、債務者らの答弁書、昭和六二年七月九日付準備書面、同年五月二三日審尋期日調書記載のとおりである。

理由

一本件総会について

一件記録によれば、債務者会社が昭和一〇年三月二九日設立された資本金四億円(発行ずみ株式の総数八〇〇万株)の株式会社で、日刊新聞紙の発行を主たる目的とする会社であること、債権者宮下明が債務者会社の株式一六九万六六六七株を、債権者宮下欣範(以下「債権者欣範」という。)が債務者会社の株式九二万九八二二株をそれぞれ保有する同会社の株主であること、債務者会社が昭和六二年三月一七日午前一一時より本件総会を開催し、債務者松村及び同北を取締役に選任する旨の決議をして、同月二〇日その旨の登記を経由したことが認められる。

二譲渡ずみ株主の議決権について

1  一件記録によれば、債務者会社の決算期は毎年一二月三一日であり、翌一月一日から定時株主総会終結の日まで株主名簿は閉鎖される旨定款で定められていること、本件総会については昭和六二年一月一日から同総会開催日である同年三月一七日まで株主名簿が閉鎖されたが、昭和六二年一二月三一日現在の株主のうち左記の五名の者(以下「譲渡ずみ株主」という。なお、それぞれの有していた株式数は各氏名の下に記載のとおりである。)は、同日以前に債務者会社を退職し、あるいは退職が内定したため、日刊新聞法一条を受けて定められた債務者会社の定款及び株式取扱規定に従い、その株式を事業関係者である申請外岡田尚壮(債務者会社代表取締役)及び同飛田秀一(同取締役)に対し右閉鎖期間中である昭和六二年二月一七日の債務者会社の取締役会の承認を得て譲渡し、その旨の株主名簿書換を了したこと、このため債務者会社は右五名の者に対し本件総会の招集通知を発せず、右総会においては岡田尚壮及び飛田秀一が右株式にかかる議決権を行使したことが一応認められる。

吉田彦夫   一万株

宮崎久三   四〇〇〇株

池田茂樹   三万株

魚野孝次郎  四〇〇〇株

中泉孝   三万株

2  債権者らは右の譲渡ずみ株主に対し債務者会社が総会招集通知を発しなかつたことをもつて違法と主張するが、同会社が採用している株主名簿閉鎖制度(商法二二四条ノ三)は、会社が株主総会における議決権を行使する株主を確定するにあたつての事務処理上の煩を避けるためのものであつて、右閉鎖期間中は当該会社において株主からの名義書換請求に応じなくてもよいというに過ぎず、右期間中に当該会社において譲受株主の請求により株主名簿を書き換えたときは、それが特定の株主を会社の恣意によつて都合の良いように書き換えたものでない限り、右書換は適法と解するべきである。

そうであるところ、右1に認定した事情によれば、譲渡ずみ株主の有していた株式は本件総会当時は既に岡田尚壮及び飛田秀一に譲渡されており、債務者会社は真実前記五名の者の請求により日刊新聞法の趣旨を酌んで株主名簿を書き換えたものということができ、このことに照らしても、右の名義書換につき債務者会社の恣意を認めるに足りないというべきであるから、結局この点に関する債権者らの主張は失当であり、本件総会の決議について所論の瑕疵は認められない。

三質問権行使の妨害について

1  債権者らは、本件総会において、議長である岡田尚壮が、定足数、議決権に関する債権者らの質問を無視し、その質問権の行使を妨害して議事を進行させ、決議を行なつたと主張し、このことをもつて本件総会決議の瑕疵と主張する。

しかし、いわゆる質問権は、商法二三七条ノ三にいう取締役及び監査役の説明義務と表裏の関係にあるものであり、この義務の対象となつていない事項については株主の質問権も存在しないものと解するべきところ、債権者らの主張は、もつぱら本件総会の定足数及び議決権という手続事項に関する同人らの質問が無視されたことをもつていわゆる質問権の妨害とするものであつて、これらの事項は同条一項但書にいう会議の目的たる事項(すなわち株主総会の決議事項及び報告事項)に関しないものであるから説明義務の対象にならず、質問権の対象にもならないというべきであり、従つて債権者らのこの点に関する主張はそれ自体において失当である。

2  そればかりではなく、本件総会の議事進行についてみるに、一件記録によれば、議長の総会開催の宣言の後、事務局の申請外山本彬から出席株主数、委任状関係、招集手続の適法性等につき報告があり、その後議題の審議に入ろうとしたところ、債権者欣範や申請外角間俊夫から無関係株主の株式数が出席株主数の中に算入されているか否か、及び無資格株主につき議決権を認めないことについての議長側の見解を問い質したのに対し、山本彬が前者の質問にのみ答え、議長は後者の質問については答えることなく議事を進行させて決議に至つた(なお、決議事項自体については、債権者は何らの質問をしなかつた。)ことが一応認められる。そして、一件記録によれば、右総会においては債権者らの「質問」との発声と他の者の「議事進行」との発声が交錯しつつ議事が進行していることが認められるけれども、債権者らの右発声は前記説示のとおり質問権の対象とならない事項に関するものであるし、本件総会の成立の適法性を判断する資料としての事実関係については、債権者らを含む出席者の質問に対して事務局から回答がなされているのであるから、これらの事情に鑑みれば、本件総会について、決議の方法が法令もしくは定款に違反し又は著しく不公正であるという瑕疵(商法二四七条一項一号)も存しないというべきである。

四無関係株主の議決権について

1  日刊新聞法一条は、「一定の題号を用い時事に関する事項を掲載する日刊新聞紙の発行を目的とする株式会社にあつては、定款をもつて、株式の譲受人を、その株式会社の事業に関係のある者に限ることができる。この場合には、株主が株式会社の事業に関係のない者であることとなつたときは、その株式を株式会社の事業に関係のある者に譲渡しなければならない旨をあわせて定めることができる。」と規定するところ、一件記録によれば、債務者会社の定款九条においては、右条文にいう規定がなされており、またこれに対応して制定された同会社の株式取扱規定においては、日刊新聞法一条及び同会社の定款九条にいう「会社の事業に関係ある者」とは取締役、監査役、顧問、相談役、参与及び従業員をいう旨定められていること、本件総会においては、左記の一五名の者(これらの者の保有する株式数は各氏名の下に記載のとおりである。)が既に右に規定する者ではなくなつていたので、債務者会社は、日刊新聞法一条の解釈上これらの者に対し株主の自益権は認めるが議決権等の共益権は認めないとの方針の下に、これらの者の株式(総数一八〇万二三八三株)を出席・欠席数及び議決権行使数から除いて決議したことが一応認められる。

嵯峨ふみ子  九八万八六〇〇株

嵯峨逸平   四〇万〇四五〇株

嵯峨通   九万六〇〇〇株

嵯峨みつ   八万七〇〇〇株

中島徳太郎  六万株

嵯峨信一   四万株

西川文平   三万株

稲田徳平   二万八〇〇〇株

嵯峨卓治   二万株

山本清嗣   一万八〇〇〇株

彦坂謙一   一万三三三三株

石地与一郎  一万一〇〇〇株

嵯峨春平   五〇〇〇株

山本道生   三〇〇〇株

岡田忠助   二〇〇〇株

2 思うに日刊新聞法は、日刊新聞を発行する株式会社等の社会的公器たる立場に鑑み、その独立性を保護し、経営の安定を図ることを目的としたものであつて、同法一条の一文と二文は表裏一体をなし、共に同一の機能を営むべく期待される趣旨と解される。そして、同条一文の規定により、株式を会社の事業に関係のない者に譲渡した場合にはその譲渡は会社との関係において無効であると解されるところ、同条二文によれば、当該無関係株主は可能な限り直ちに株式を事業に関係のある者に譲渡する義務を会社に対して負うというのであるから、右に述べた同条一文の効果との均衡をも考慮すると、株主総会において無関係株主の株式を出席・欠席株式数及び議決権行使株式数から除外して決議がされたとしても、このことをもつて当該決議の瑕疵とすることはできないものと解するのが相当である(かように解しないときは、無関係株主が任意にその義務を履行しない場合には、その義務を強制的に履行させる法的手段がないことから、無関係株主は日刊新聞法の定めにもかかわらず依然として当該会社の株主総会の議決権を行使し、その独立性と経営の安定性を脅かすことが可能となり、右の立法趣旨は没却されることとなる。)。

そして、前記日刊新聞法の趣旨に鑑みれば、同法にいう「株式会社の事業に関係のある者」については、当該会社の定款もしくはその委任を受けた内規等にその具体的範囲についての定めがない場合には、単なる取引先や退職者はこれに含まれず、会社の経営組織に組み込まれている者、すなわち具体的には取締役、監査役及び従業員ないしこれに準ずる者(債務者会社の株式取扱規定に定められている顧問、相談役、参与その他名称の如何を問わず当該会社の経営につき相談にあずかる立場の者等)をもつてその範囲と解するのが相当である。そして一件記録によれば、前記一五名の者が右にいう「株式会社の事業に関係のある者」でなくなつたことが一応認められるから、右一五名の者は本件総会当時日刊新聞法上の無関係株主であつたということになる。

3  そうすると、債務者会社が本件総会において前記一五名の者に議決権を認めなかつたことをもつて本件総会の決議の瑕疵という債権者らの主張は失当である。

五保全の必要性について

以上によれば、係争権利関係についての債権者らの主張はいずれも失当ということになるのであるが、なお本件申請の保全の必要性についてみるに、本件においては、一件記録によるも、本案判決の確定を待たずして債務者松村、同北の取締役の職務執行を停止すべき事情(すなわち著しい損害発生のおそれや急迫なる強暴の存在等)についての疎明が不十分である。なるほど一件記録によれば、債務者らは昭和六二年四月二三日の取締役会において債務者会社の再度の増資決議に賛成し、また同年六月一日の取締役会終了後においてもさらに増資を行なうべきであると発言したことが一応認められるけれども、かような増資については、債権者らにおいて別個に対応すれば足りるのであるから、右の事実は現時点において直ちに右債務者らの職務執行を停止すべき緊急の事由とはなりえないものであるし、また債権者らが主張するように債務者松村及び同北が取締役としての身分において行為すること自体をもつて保全の必要性ありとすることは到底できない。

従つて、保全の必要性を一応認めるに足りない。

六結論

以上によれば、本件申請はいずれの点からも理由がないからこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官原啓一郎)

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